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大阪地方裁判所 昭和32年(行)64号 判決 1965年2月27日

原告 中西辰五郎

被告 国

主文

1、原告の換地処分無効確認の訴を却下する。

2、別紙目録第二の土地につき原告が所有権を有することを確認する。

3、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一、当事者双方が求めた裁判

原告

「1 訴外大阪市木津川南土地区画整理組合が昭和二一年一一月二一日組合総会の表決により別紙目録第一記載の土地についてした換地処分(昭和二三年七月二日大阪府知事認可、同年一一月五日大阪府告示第七九七号により告示)が無効であることを確認する。

2 別紙目録第二記載の土地につき原告が所有権を有することを確認する。

3 訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決。

被告

「1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

第二、当事者双方の主張

原告

(訴訟要件についての主張)

一、原告が無効確認を訴求する請求の趣旨記載の換地処分(以下本件換地処分という)をした訴外大阪市木津川南土地区画整理組合(以下訴外組合という)は本件換地処分をした後、目的たる事業が完成したとして解散し昭和三〇年一二月五日清算を結了しその旨を大阪府知事に届出ている。土地区画整理組合は土地区画整理事業を行うため都市計画法、耕地整理法にもとづいて設立された公法人であり、本来国家の権限に属する土地区画整理事業施行権の設定をうけ、その事業のために土地の強制交換を内容とする換地処分という行政処分を行うのであつて、権利主体たる被告国の行政処分庁といえるのである。それだけでなく訴外組合が解散して清算を結了しその法人格が消滅した結果、その権利義務の一切は訴外組合の権限の根源である被告国に帰属したのである。

更に原告が従前所有していた別紙目録第三の土地のうち換地処分をうけなかつた別紙目録第二の土地は道路敷予定地として被告国の所有地に編入されている。

従つて本件換地処分につき右のような権利関係に立つ被告国は具体的或いは抽象的権利主体として本件換地処分無効確認請求訴訟の被告適格を有する。

二、本件換地処分は無効であるが一応換地処分の外形が存しそれが有効なことを前提として換地処分による登記がなされ、かつ道路明示もなされている。

そして被告国は本件換地処分が有効であり、原告が本件換地処分により失つた別紙目録第二の土地の所有権が国に属すると主張しているのであるから被告国が本件換地処分に直接関与していないとしても原告は被告国に対し本件換地処分の無効確認を請求する利益を有する。

(請求原因)

一、別紙目録第三記載の土地(本件換地処分後の別紙目録第一、第二記載の土地に該当する)は本件換地処分前原告の所有であつた。

二、別紙目録第三の土地は訴外組合が都市計画法にもとづき宅地の利用を増進するために行う土地区画整理事業の施行地に含まれていた。

訴外組合は昭和二一年一一月二一日開催の組合総会において別紙目録第三の土地に対し別紙目録第一の土地を換地する処分、(本件換地処分)を含む「換地ならびに特別処分確定の件」を可決し、昭和二三年七月二日大阪府知事は右処分を認可し、同年一一月五日大阪府告示第七九七号で告示した。

本件換地処分は原地についてなされたものであるが、別紙目録第三記載の従前の土地のうち本件換地処分の対象とならなかつた一〇八坪六合四勺の土地(別紙目録第二の土地)は道路敷予定地として国有地に編入された。

三、しかし本件換地処分には次のような重大、明白なかしがあるから当然無効である。すなわち

1. 都市計画法第一二条により都市計画区域内において宅地としての利用を増進するためになされる土地区画整理につき準用される耕地整理法第三一条本文の規定によれば換地処分は整理施行地の全部について工事が完了した後でなければなしえないのにかかわらず訴外組合は整理施行地について必要な工事を完了することなく本件換地処分を行つたものである。従つて本件換地処分は都市計画法第一二条耕地整理法第三一条の規定に違反する。

2. 仮に訴外組合の組合規約に「換地処分は組合長が適当と認める時期に行うことができる」旨の定めがあり、訴外組合が耕地整理法第三一条但書と右組合規約の定めによつて本件換地処分を行つたとしても、耕地整理法第三一条但書は本件の如き場合には適用されないし、又本件換地処分は右組合規約にいう適当な時期になされたものではないから違法である。すなわち

耕地整理法第三一条但書は「組合規約に別段の定めがある場合はこの限りでない。」と規定しているけれども同但書は組合規約で別段の定めをすればいかなる時期においても換地処分をなしうることを定めたものではない。土地区画整理事業は地区全般の共通計画を樹立し、換地は従前の土地の地目、地積、等位等を標準として交付し換地の公平を図ることを第一義としており、整理施行地の全部について工事を完了しないときには工事計画の変更、廃止等の事情の変更が考えられ、全部の工事の完了後でなければ公平な換地を交付することができないため換地処分は整理施行地の全部について工事を完了した後でなければできないとされたのである。

しかし整理施行地の全部について工事が完了していない場合であつても、換地が確定使用されるために直接障害のない公園道路等の工事は未完了であるが街廓が整然と区画され街廓内の工事が完了しているような場合、或いは整理施行地区を工区に分けしかも換地計画が整理施行地区全部について定められている場合にその一の工区の工事が完成しているような場合には換地処分をしても換地の公平を害することがないため、組合規約で別段の定めをすれば整理施行地区全部の工事完了前であつても換地処分をなしうることを定めたのが耕地整理法第三一条但書の規定なのである。

従つて同但書が適用されるのは右のような場合に限られるのであつて、本件のようになんらの工事もせず更に工事続行の見込みも全くなくただ解散の形式を整えるために換地処分をするような場合には適用されない。蓋し換地処分はそれによつて従前の土地の減歩を伴うのであるが道路や公園が開設されそれによつて土地の利用が増進されこれによつて減歩された部分に対する補償がなされるのであるが、これらの工事をなんらすることなく、ただ換地処分のみをすることになればなんらの補償なく私有財産を奪取する結果となるからである。仮に同但書がこのような場合にも適用されるものとすれば、同但書は明らかに現行憲法第二九条第三項に違反するものであつてかかる違憲の規定を適用してなした本件換地処分は違法である(本件換地処分は現行憲法施行後である昭和二三年七月二日大阪府知事の認可によりその効力が生じている)。

3. 訴外組合の当初の換地計画によれば、別紙目録第三の土地の周囲についてはその東側にある一三間堀川を幅員二五米に拡張して川底をしゆんせつし、大型機帆船が自由に航行できるようにし、かつ右一三間堀川の両岸と右土地の北側に各幅員八米の道路が開設される予定であつた。そして当初の計画どおりに工事が施行されれば、原告は本件換地処分によつて一〇八坪六合四勺の減歩をうけても残余の土地の利用が増進されることによつて減歩される土地に対する補償となる筈であつた。従つて前記十三間堀川の拡張及びしゆんせつ並びに道路の開設は本件換地処分の不可欠の前提をなすのである。

ところが訴外組合は右の工事を全くなすことなく本件換地処分をしたものであり、本件換地処分はその不可欠の前提を欠くと同時に何等の補償なく国民の財産を奪取したものであつて違法である。

4. 仮に本件換地処分が処分当時においては一応有効に成立したものとしても、その後の事情の変更により重大明白なかしを帯有するにいたつた。すなわち訴外組合が整理施行地についてなんらの工事をすることなく換地処分をすることが一応適法であるとしても、それは訴外組合が換地処分後に工事を完成することを前提とするものである。ところが訴外組合は本件換地処分後なんらの工事をすることなく解散したのであつて、本件換地処分はこのような事情の変更によつて重大、明白なかしを帯有するに至つたものというべきである。およそ土地区画整理のための換地処分は整理事業施行地区内の道路、河川、公園等の維持、開設、拡張等の計画を不可分の前提としてなされるものであり、当初右道路等の開設を予定して換地処分がなされた後、その開設が中止された場合換地処分のみの効力を維持することはとうてい許されない。このような場合行政処分の有効、無効を判断するに当つては判決時の法規及び事実状態を基準としてなすべきである。

5. 本件換地処分には右のような違法があり、その違法は極めて重大でありかつ原告をはじめ関係者間に客観的に明白なものであるから当然無効である。

四、従つて別紙目録第二の土地はいぜんとして原告の所有に属するにもかかわらず、被告は原告の所有権を争つている。

五、よつて原告は被告に対し次の請求をする。

1. 本件換地処分の無効確認、

2. 別紙目録第二記載の土地の所有権の確認。

(被告の抗弁に対する答弁)

一、被告の抗弁事実はこれを争う。

被告

(訴訟要件についての原告の主張に対する答弁及び被告の主張)

一、原告の訴訟要件についての主張第一項のうち、訴外組合が昭和二一年一一月二一日開催の組合総会の表決により本件換地処分をし、昭和二三年七月二日大阪府知事の認可を得、右換地処分が同年一一月五日大阪府告示第七九七号により告示されたこと、本件換地処分後訴外組合が目的たる事業が完成したとして解散し昭和三〇年一二月五日清算を結了しその旨を大阪府知事に届出たこと、原告が従前所有していた別紙目録第三の土地のうち原告が換地をうけなかつた別紙第二の土地が道路敷予定地として国有地に編入されていること、はいずれも認めるがその余の主張は争う。

二、訴訟要件についての原告の主張第二項は争う。

被告は訴外組合とは全く無関係な第三者であつて訴外組合の表決、その認可或いは公告になんら関知していないものであり、たまたま原告が減歩された土地が国有地に編入されたという結果を保有するにすぎない。このような第三者を被告に換地処分の無効確認を求めることは仮に判決主文中において無効確認の宣言があつたとしても右換地処分の効力には直接の関係がなく、それによつて原告の法律上の地位に直接の影響を及ぼさないから、結局本訴は無効確認の利益を欠き不適法である。

(請求原因に対する答弁)

一、請求原因第一、二項は認める。

二、請求原因第三項の1.2.のうち訴外組合が整理施行地の全部について工事が完了する以前に換地処分をしたことは認めるがその余の主張は争う。

本件換地処分がなされるに至つた経緯は次のとおりである。

訴外組合は大阪市西成区桜井町、住吉区津守町、東加賀屋町、西加賀屋町、北加賀屋町、緑木町、柴谷町の区域について土地区画整理事業を行うため昭和一三年都市計画法第一二条、耕地整理法第五〇条の規定に従つて設立され、同法第五一条所定の地方長官の認可を得て成立した。訴外組合は昭和一六、七年頃から仮換地の指定(訴外組合長による使用区域の指定)をする一方、市電阪堺線を境にこれより西を第一工区、これより東を第二工区に分け、とりあえず第一工区から工事を進行してきたが、太平洋戦争の敗戦とそれに伴う著るしい物価騰貴及び預金封鎖措置のために工事費用の欠乏を来し、従来の工事を続行することが極めて困難な状況に立ちいたつた。そして前記の仮換地の指定により各土地の所有者は換地予定地の使用収益を開始しており、一部においてはサンドポンプによる埋立工事や道路工事も完了していて、これを本件換地処分がなされた昭和二一年一一月二一日の段階において旧に復し、土地区画整理事業が開始された以前の原状に戻すことは事業主体である訴外組合ひいてはその組合員に莫大な負担を課すこととなり、経済上の理由から工事の続行さえも覚つかなかつた訴外組合としてはこのような負担に到底耐ええないところであつた。しかし、工事の続行もせず、従来の事業が右のような状態のままで遷延されるときは、本件整理事業施行地域内において不確定な法律関係が継続し、かえつて右土地の利用が阻害されるに到る。なるほど耕地整理法第三一条本文は換地処分は整理施行地の全部について工事が完了した後でなければなしえない旨を定めているが、これはあくまでも原則であつて、同条但書は組合規約に別段の定めがあれば工事完了前でも換地処分をなしうることを定めている。そして訴外組合の組合規約第二条には換地処分は組合長が適当と認める時期にこれを行うことができる旨定められている。

訴外組合長河原改栄門は前記のような諸般の事情を考慮し土地所有者その他の権利者の利益のために換地処分をなすのに適当な時期が到来したものと考え、昭和二一年一一月二一日開催の第一三回組合総会において本件換地処分を含む「換地並びに特別処分確定の件」を提案し原告代理人を含む出席者全員の賛成により組合総会で可決されたのである。

従つて本件換地処分は耕地整理法第三一条但書、訴外組合規約第二六条により行われたものであり何らの違法もない。

原告は耕地整理法第三一条但書の規定が本件のような場合にも適用されるとすれば、それは現行憲法第二九条第三項に違反すると主張するが、本件換地処分の前提をなす組合総会の表決の効力は処分時の憲法である旧憲法によつて定めらるべきであり、耕地整理法第三一条但書の規定は旧憲法第二七条第二項にいわゆる公益のために必要な処分として法律に定められたものであつて有効なものであること論をまたないし又現行憲法によつてもなんら違憲の問題を生じない。

四、請求原因第三項の3.のうち別紙目録第三の土地の周囲について原告主張のような工事がなされる予定であつたかどうかは知らない。その余の主張は争う。

五、請求原因第三項の4.5.は争う。

そもそも無効の行政処分はその成立の当初から重大、明白なかしを内在せしめているが故に常に当初から絶対に無効なのであつて、その後の事情の変更により或いは有効となり、或いは無効となるべきものではない。

(被告の抗弁)

一、原告は訴外組合の組合総会において本件換地処分を含む「換地並びに特別処分確定の件」の表決に参加し、これに賛成の意思を表示したものであり、この表決に対しては異議の申立もせず、昭和三二年に至つて本訴提起に及んだものである。

このように換地処分の可否が審議された時期においてはこれに賛意を表しておりながら、その後一〇年余を経た時期において自己の所有権を主張しその無効を唱えることは結果において訴外組合が土地区画整理事業を施行した一帯一七七町歩余の土地に関する法律関係を一挙に混乱におとしいれることとなるのであつて著るしく信義に反しその権利を濫用するものである。

第三証拠関係<省略>

理由

第一、換地処分無効確認の請求について

一、まず訴外組合がした本件換地処分の無効確認の請求につき被告国が被告適格を有するかどうかについて考えてみる。土地区画整理組合は土地区画整理事業を行うことを目的として設立される公法人であつて、本来国家の権能に属する土地区画整理事業施行権の設定を受け(公企業の特許)土地の強制交換を内容とする換地処分等の行政処分を行うものである。即ち土地区画整理組合は、国家の機関として独立の法人格をもたず自らは公権力行使の主体ではない行政庁とは異り、一個の公権力行使の主体たる権利主体であるといわなければならない。

従つて本件換地処分は訴外組合が自ら公権力行使の主体として行つたものであり、その無効確認の請求につき、これと別個の権利主体である被告国が被告適格を有しないことは明らかであるといわなければならない。

二、原告は訴外組合は本件換地処分後事業の目的が完成したとして解散し、昭和三〇年一二月五日清算を結了しその旨を大阪府知事に届出たことによりその法人格は消滅し、その権利義務の一切は訴外組合の権限の根源である被告国に帰属したから被告国は本件換地処分無効確認の請求につき被告適格を有すると主張する。

しかし、土地区画整理組合が解散した場合、その権利義務を国が承継する法規の根拠はなく、却つて解散した組合は清算をすべきものと定められているのであり(都市計画法第一二条耕地整理法第六〇条)、その清算期間中組合は清算の目的の範囲内で存続し、組合に属する一切の債権債務の処理が完了(実質的意味における清算の結了)して始めて組合は消滅するのであつて組合に属する債権債務の処理が未了である限り、たとえ組合が清算を結了したと称し、その旨の届出をしたとしても組合は消滅しないのである。

従つて原告主張のように、本件換地処分が無効であるとすれば、その範囲で訴外組合の債権債務の処理は未了であり、訴外組合の法人格もその範囲で存続し、本件換地処分による権利義務は訴外組合に帰属しているのであつて、これが国に承継される根拠はない。

原告の主張は採用できない。

三、次に原告は本件換地処分により原告が減歩された一〇八坪六合四勺の土地が道路敷予定地として国有地に編入されたから具体的権利主体として被告国は本件換地処分無効確認請求の被告適格を有すると主張する。

しかし、本件換地処分により原告が減歩された土地が国有地に編入されたとしても、それは換地処分自体の直接の効果ではない(都市計画法第一二条耕地整理法第一一条第二項)のであつて被告国は本件換地処分の直接の当事者となるわけではなく、被告国が減歩された土地の所有権の主体となつたということ自体は、一般私人と同様の立場において財産権の主体になつたというに止まり、(つまり被告国は当該換地処分そのものの効果の帰属主体ではない。)このことを以て被告国の被告適格を肯定する根拠とはならない原告の主張は採用できない。

四、以上のとおりであつて、原告の被告国に対する本件換地処分無効確認の請求は被告適格を欠く不適法なものであるからこれを却下すべきである。

第二、所有権確認の請求について

一、別紙目録第三の土地がもと原告の所有であつたこと、従来の別紙目録第三の土地が現在の別紙目録第一、第二、の土地に該当すること、訴外組合が昭和二一年一一月二一日開催の組合総会において本件換地処分を含む「換地並びに特別処分確定の件」を可決し、昭和二三年七月二日大阪府知事は右処分を認可し、同年一一月五日大阪府告示第七九七号で告示したことについてはいずれも当事者間に争いがない。

二、原告は本件換地処分には重大、明白なかしがあるから当然無効であると主張するのでこの点について検討することにする。

別紙目録第三の土地が都市計画区域内に存し、訴外組合が宅地の利用を増進するために行う土地区画整理事業の施行区域内に含まれていたことについては当事者間に争いがない。

1.(請求原因第三項の1.の主張について)

証人桜井哲治郎の証言(第一、二、三回)及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証によれば訴外組合の組合規約第二六条には、「換地処分は組合長の適当と認める時期に於て之を行うことを得」との定めがあること、訴外組合は都市計画法第一二条の規定によつて準用される耕地整理法第三一条但書、訴外組合規約第二六条の規定により本件換地処分をしたことを認めることができる。原告の主張は採用できない。

2.(請求原因第三項の2.の主張について)

当事者間に争いのない事実、成立に争いのない甲第一、三号証、証人桜井哲次郎の証言(第一、二、三回)、同証言により真正に成立したものと認められる乙第一、二号証、証人水田増美の証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば次のような事実を認めることができる。

訴外組合は大阪市西成区桜井町、住吉区津守町、緑木町、柴谷町、北加賀屋町、東加賀屋町、西加賀屋町合計一七六町九反二畝九合五勺の事業施行地について土地区画整理事業を行うため、都市計画法第一二条、耕地整理法第五〇条の規定により設立され、同法第五一条所定の地方長官の認可を得て成立した。

訴外組合の当初の事業計画によれば、市電阪堺線を境界として西側を第一工区、東側を第二工区とし(本件換地処分の対象となつた土地は第二工区に存する。なお訴外組合の事業計画は工区ごとに定められてはいない。)第一工区を工場地帯、第二工区を住宅地帯として整備するため、運河を開設し、道路を拡張ないしは開設し、低地を埋め立てて整地し、公園を開設することなどを骨子とし別紙目録第三の土地の周辺についてはその西側を流れている十三間堀川の川幅を二五米に拡張して川底をしゆんせつし大型機帆船が運行しうるようにし、右十三間堀川の両岸に幅八米の舖道を開設し、別紙目録第三の土地の北側にも幅八米の道路を開設する予定であつた。

訴外組合は昭和一四年ごろ、とりあえず第一工区から工事に着手するとともに昭和一六、七年から昭和一八年ごろまでの間にその事業施行地について仮換地の指定(訴外組合長による使用区域の指定)をした。本件換地処分がなされた昭和二一年一一月当時の工事の進行状況は第一工区については低地の埋め立て、道路の開設など事業計画の六割位、第二工区については土地の平面、立体測量を完了し、道路敷の杭打ち、公園の敷地の確保、一部の下水工事などがなされただけで事業計画の一割程度であり施行地区全体についていえば三割ないし四割程度の進行状況であつた。そして別紙目録第三の土地の周辺については、前記十三間堀川の川幅の拡張、川底のしゆんせつ、両側の舖道の開設、同土地の北側の道路の開設の工事は一切なされていなかつた。その間大平洋戦争の進行に伴う物資並びに労働力の不足により工事は渋滞がちでありことに敗戦後はインフレーシヨンの進行及び当時の預金封鎖措置等による資金の欠乏のため当初計画された工事の続行が極めて困難な状態に立ち至つた。訴外組合長河原改栄門はこのままの状態では工事を続行することは到底不可能であり、前記仮換地の指定により組合員がその土地を使用収益している実情に鑑み、工事続行の見込みのないまま前記仮換地の指定のみの不安定な状態で放置しておくよりも、この際換地処分をして各組合員にその使用土地を確保させ土地の権利関係を確定させる方が得策であると考えた。

そして訴外組合の組合規約第二六条には前記のように換地処分は組合長が適当と認める時に行うことができる旨の定めがあるので、訴外組合長河原改栄門は大阪府の行政指導もあつて換地処分をなすべき適当な時期が到来したものと判断し、昭和二一年一一月二一日開催の訴外組合の第一三回組合総会に本件換地処分を含む「換地並びに特別処分確定の件」を提出し、同総会においてこれを審議し、原告代理人を含む出席者全員の賛成により右議案を可決し、大阪府知事は昭和二三年七月二日右処分を認可し、同年一一月五日大阪府告示第七九七号で告示した。右組合総会の表決当時訴外組合長河原改栄門としては換地処分後事業計画を完成する意図をもつておらず前記のごとき状態の下においてせめて換地処分だけでも完了しておきたいという意図であり訴外組合の組合員もこのことを了承していた。本件換地処分後訴外組合は第一工区、第二工区ともなんらの工事をすることなく解散した。本件換地処分により原告は従前の土地より一〇八坪六合四勺の減歩を受け、原告が減歩を受けた土地(別紙目録第二の土地)は道路敷予定地として国有地に編入されている。なお原告は本件換地処分の際その減歩が平均減歩率を下回るため清算金三、四五六円八銭を徴収されている。

右認定に反する証拠はない。

都市計画法第一二条の規定により都市計画区域内において宅地の利用を増進するためになされる土地区画整理事業について準用される耕地整理法第三一条本文は、換地処分は「整理施行地の全部」について工事が完了した後でなければなしえないものとし、同条但書は組合規約に別段の定めがある場合はこの限りでないとしている。そして同条の規定を形式的にみるかぎり、組合規約に別段の定めがあれば換地処分は工事完了前いかなる時期においてもなしうるようにみえる。果してそうであろうか。換地処分は土地の利用を増進するため、一定の区域内における土地の区画形質を変更し、その結果不確定となつた整理施行地について所有権その他の権利に、強制的に交換分合その他の変更を加え、所有権その他の権利関係を確定する処分であつて、従前の土地に対して交付さるべき換地は原則として従前の土地の地目、地積、等位等を標準としてこれに照応してなさるべきであり(耕地整理法第三〇条。なお従前の土地に照応する換地を交付できないときには清算金によつて清算すべきものとされるが、原則として従前の土地に照応する換地を交付すべきものであることは疑いがない。)整理施行地の全部について工事が完了した後でなければ従前の土地に照応すべき換地を確定することができず、又従前の土地に照応する換地を交付することができない場合の清算金の額を確定することもできないのである。それだけでなく整理施行地の全部について工事が完了しない間においては換地として交付すべき土地自体が未確定であつたり或いはそれ自体は確定しうるものであつても、工事未了のために現実に使用することができないといつた事態も予想されるのである。

耕地整理法第三一条本文が換地処分は整理施行地の全部について工事が完了した後でなければなしえないと定めたのは正に右のような点を考慮したからに他ならず、右の要請は換地処分をなすに際しての基本的な要請であるといわなければならない。

そうであるとすれば、同条但書が組合規約に別段の定めがある場合にはこの限りでないと規定しているからといつて、これを文字通り組合規約の定めによりさえすれば工事完了前のいかなる時期においてもなし得るものと解すべきでなく、整理施行地の全部について工事が完了する以前に換地処分をしても、右の基本的要請に反しない場合に限り組合規約の定めにより換地処分をすることを認めた趣旨であると解すべきである。

すなわち整理施行地の全部について工事が完了していない場合であつても、整理施行地が工区に分たれておりその一の工区について工事が完成した場合、その工区に関する限り従前の土地と換地との照応の判断、換地の確定及びその現実使用に何らの障害もないし、又一の工区の工事が全部完了していない場合、或いは整理施行地が工区に分たれていない場合においても、工事の未完成分が道路、公園等に関するものであり、これを除けば街廊は整然と区別され、街廓内の工事は完了しており換地を確定し、かつこれを現実に使用するについてはなんらの支障もなく、道路、公園等の工事の未完成が従前の土地と換地との照応関係を判断する特別の支障とならない場合がありうるのである。

このような場合には、整理施行地の全部について工事が完了する以前に換地処分をすることを認めても、格別の害はないし、又このような段階で換地処分をする必要性が存する場合も考えられるのである。耕地整理法第三一条但書はこのような場合に組合規約で別段の定めをすれば整理施行地の全部について工事が完了する以前であつても換地処分をなし得ることを定めたものと解されるのである。

従つて訴外組合の規約第二六条は「換地処分は組合長が適当と認める時期になし得る」旨定めており、右規定自体は換地処分をなす時期如何を組合長の自由裁量に委ねているようにみえるけれども、前記の耕地整理法第三一条但書の趣旨に照らし、先に説明したような制約(覊束)を受けるものといわなければならない。

そうすると訴外組合が本件換地処分をなした当時、別紙目録第三の土地の存する第二工区においては、当初の事業計画のうち土地の平面、立体測量、道路敷の杭打、公園敷地の確保、一部の下水工事がなされただけであつて当初の計画の一割ないし二割程度の工事しか完成していなかつたのであるから、到底換地を確定しそれを現実に使用することが可能であり、かつ従前の土地と換地とが照応するかどうかを判断するのに支障がない程度に工事が完成されていたとはいえない(しかも前認定のように当時、その後の工事続行は経済的に困難視されていた)から、本件換地処分は違法でありその違法は極めて重大なものといわなければならない。

そして本件換地処分当時、第二工区においては当初の計画の一割ないし二割程度しか工事が完成されていなかつた事実は訴外組合長河原改栄門、原告をはじめとする訴外組合員等関係者間に、従つて一般的にも、客観的に明白であつたから本件換地処分は当然無効であるというべきである。

三、(権利濫用の抗弁について)

本件換地処分を含む「換地並びに特別処分確定の件」を可決した訴外組合の第一三回組合総会に原告代理人が出席しこれに賛成したことは前記認定のとおりであり、証人水田増美の証言によれば、原告は右組合総会の表決に異議の申立をしていないことが認められ、原告が右組合総会の表決後一〇年余を経過した昭和三二年にいたつて始めて本訴提起に及んだことは本件記録上明白である。

しかし本件換地処分には先に述べたような重大、明白なかしがあり当然無効なのであつてこのような場合においては原告が右処分の前提となつた組合総会の表決において賛成の意思表示し、かつその表決に対して異議の申立をしなかつたとしても、これによつて前記無効のかしが治癒されるものと解することができないのは勿論、後になつて(たとえ一〇年後であるとしても)原告がその無効を主張することが当然に権利の濫用になるということもできない。

被告は原告の本訴請求が結果において訴外組合が事業を施行した一七六町歩余の土地の権利関係を一挙に混乱におとしいれるものであると主張するが、原告の本訴請求は別紙目録第二の土地の所有権確認の請求であつて、その前提としての本件換地処分無効の判断は本件土地以外の権利関係になんらの効力も及ぼすものではないから被告の主張は採用できない。

四、そうであるとすれば、原告はいぜんとして別紙目録第二の土地について所有権を有するものというべきであり、被告が原告の所有権を争つていることは明白であるから、原告の所有権確認の請求はこれを正当として認容すべきである。

第三、(結論)

以上のとおりであるから、原告の換地処分無効確認請求は不適法であるから却下し、所有権確認の請求はその理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 高橋欣一 小田健司)

(別紙目録第一ないし第三および図面省略)

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